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英語力を生かすには日本語力がカギ

英語がうまくなってくると、自分の強みは「英語ができる」ことから「日本語ができる」ことに移っていきます。さらに、ビジネス力のある方は英語、日本語、ビジネスの3本柱を持つようになり、鬼に金棒となります。このことは海外で働くと痛感します。

英語を話す人の中で日本語ができる人は意外に少ない

数年前のこと、ぼくの後輩が相談に来たことがありました。アメリカで医者の資格を取ったのですが、事情があって日本に帰国しなければならなくなったのです。アメリカの医師免許は日本では使えませんし、彼は日本の医師免許は持っていませんでした。

「ぼくってどうしてこうもついてないんだろう。向こうで取った医師の資格は役に立たないし、英語だって完璧からは程遠い。これから日本で何をしたらいいんだ」と嘆いていました。

ぼくは「日本語ができるじゃないか」と言いました。

kinkaku日本生まれ、日本育ちのごく普通の日本人である彼が、日本語ができるのは当たり前です。ぼくの言おうとしていることが分からないようで、不思議そうな眼差しでぼくを見ていました。

銀メダルになれば、一人前に英語を話す人として扱われますが、同じレベルの人たちは世界に数億人はいます(カタコトでも英語を話す人は40億人いるそうです)。数億人いる一人前のグループの中では最下位に近いでしょう。

しかし、一人前に英語を話す人の中で日本語ができる人となると、ほんの一握りしかいません。外資系各社がこの人たちをなんとか自社に雇おうとする理由は、英語がうまいからではありません。英語ができるだけなら、本社に帰れば、全員ができます。銀メダルの強みは日本語ができることです。

日本が経済的に世界の小国だったならば、日本語ができることは強みにならないでしょう。ところが、日本は世界第3位の経済大国であり、ビジネス上欠かすことができません。

ぼくは後輩に続けて話しました。

「アメリカには医者はたくさんいる。その人たちは皆君より英語がうまい。その人たちと競争して医療技術でも英語でも勝てるかい?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、その中で日本語ができる人が何人いると思う? 誰も持っていない強みがあるじゃないか」

後輩は「分かった」という顔をして大きくうなずきました。

その後、彼は海外の医薬品企業と日本を結ぶ医療コンサルタントとして活躍し始めました。今回の地震のあと、彼はアメリカ医師免許をもって、ボランティアとして初めて被災地で診療したそうです。「医者として、日本で初めて働きました」と語っていました。

海外で活躍する原動力は「日本語」

英語を話す日本人の強みが日本語であることにぼくが気づいたのはニューヨークに行った時でした。そこでM&A(合併買収)のコンサルタントをしている日本人と知り合いになりました。その方は、それまでにぼくが会った中で最も成功している日本人ビジネスパーソンでした。日本の名だたる一流企業がその方を仲介者にして米国企業を買収しているのでした。

「どうして、日本企業はこの人を仲介者に使うのだろう」と、ぼくは不思議に思いました。企業が会社を買収する場合、自社にないノウハウとか顧客があることが理由です。このいちばん大事なポイントは自社の技術者や販売責任者しか判断できません。自社が現在どのような技術や顧客を持っているかは外部には公表しないからです。合併の相手となる米国企業に行って、その技術力を査定する場合、非常に専門的な知識が必要ですから、コンサルタントなどの部外者にはできません。

ぼくは、この方がどのように差別化を図っているのか、率直に疑問をぶつけてみました。
「特にないんだよ」とこの方は答えました。
「要するに、イメージなんだ」

日系企業が外国に行くと、「言葉ができない。分からないことだらけだ。従ってガイドがほしい。このガイドはたくさんの買収をガイドしてきた。だから使ってみよう。というロジックが働くのだ」とこの方は言っていました。

極端な言い方をすれば、この方はM&Aに特化した通訳・翻訳にすぎません。通訳・翻訳という形ではたいした収入を得ることはできませんが、イメージを変えてM&Aの仲介という顔をすれば莫大な収入が入ります。

銅メダルの中位までは「英語ができる」ことが自分の強みになります。これは日本人の中での比較です。これが銅メダルの上位くらいから少しずつ変わり、銀メダルになると事情が逆転します。「日本語ができる」ことが強みになるのです。


日本語と英語ができると1+1=3になる

先に述べたニューヨークの日本人M&Aコンサルタントについて誤解のないように付け加えます。それは、この方がファイナンスの実践的な知識の点でもプロレベルにあることです。つまり、ただの通訳・翻訳ではありません。顧客の本当のニーズは彼の通訳・翻訳の力なのですが、ファイナンスの力があるために他の人には真似のできない仕事ができるようになっていました。

ぼくがこの時感じたことは「本業ができて、英語ができると倍以上の力になる」ということでした。ぼくは大学に入れずに浪人した際のことを思い出しました。都内の中堅の予備校でのぼくの順位は、得意だった数学が300位くらい、国語が400位、苦手の英語が500位くらいでした。

ぼくが驚いたのは3科目合計の成績が100番くらいだったことです。

その成績を見て、しばらく、その理由が分かりませんでした。普通に3つの成績を足して割ったら、400位になるはずだからです。よく考えてみて、大抵の人は一つの科目だけが飛び抜けているらしいと推察できました。ぼくの成績も科目ごとにかなりの凸凹があります。でも、ほかの人はもっと落差があって、数学ができる学生はとことん英語ができない、という具合のようでした。

多くの人は一つの実力で世の中を渡っています。しかし、英語ができる人材の中で日本語ができるというだけで、1+1=3になります。日本人から見れば英語が、外国人から見れば日本語が強みになります。これにビジネスが加われば3つの柱になり、1+1+1になります。この足し算は強力なシナジー効果を発します。英語が銅メダルの初期のレベルでも重宝がられるのは、この3重効果のおかげです。

ビジネス文書では帰国子女に勝るようになる

プロレベルの英語が話せる上にビジネスができれば、鬼に金棒です。帰国子女以上に優遇されるようになります。銀メダルはプロといってもまだ英語力35点です。にもかかわらず、日英の2カ国語が同等にできる人をしのぐことができるのです。

多くの方は帰国子女という言葉を聞くだけで、「英語に関しては何でも任せられる」と想像するでしょう。しかし、仕事力のないバイリンガルは英語と日本語の1+1にすぎません。まだ3本目のビジネスの柱がありません。news

日本の会社では、英語のできる人材が少ないために、素質の有無を考慮しないで帰国子女を外国人担当の営業担当者にするケースがあります。海外の顧客とは主に電話でコンタクトを取ることになるので、リスニングの苦手な日本人は敬遠します。英語のうまさだけで担当者が選ばれるわけです。

営業の仕事は人間関係が基本ですから、顧客とこまめにコンタクトを取ることが肝要です。一般に、できる営業担当者は何かと理由を見つけてはお客様と接触する回数を増やします。しかし、下手な営業マンは用件がない限り連絡を取りません。コンタクトが少ないと営業成績に直結します。帰国子女というだけでは優秀なビジネスパーソンにはなれないのです。

ビジネス文書を書く際には、このように「帰国子女に代理で書いてもらう」ということすらできません。英語ができるというだけでは、優れた文書は全く書けないからです。

友達からパーティーに誘われて、行けないと口頭で伝える場合は、
「ごめん。予定があるんだ。いけないよ」
と言います。会話ならこれで十分でしょう。これがビジネス文書になると、ひとことでは済まなくなります。

「先日は祝賀会へのお誘いを賜り、誠にありがとうございました。さっそく日程の調節を試みましたが、当日は動かし難い出張が既にあるため、残念ながら参加ができません。代理の者の出席をお許しいただければ、幸甚にございます」

といった文になります。まず、誘ってくれたお礼を述べ、一生懸命努力したけれど、出席できないという事情を述べます。最後に代理でもいいから出席させたいという誠意を見せます。このすべてが本音かどうかは別として、このように書くのが礼儀です。

それでも、この種のビジネスレターには一定のパターンがありますから、お手本に従って書けば、なんとかなるかもしれません。もっと難しいものは、お手本のない報告書や企画書のような長文です。日本語で仕事上の長文を書いたことのない人には英語の長文は書けません。その逆もまた成り立ちます。

銀メダルからはプロとしての修行が始まる

柔道では黒帯と白帯の違いは歴然です。2段でも初段でも同じ黒色ですが、それ以下が白色であることを考えると、この白黒の垣根が非常に大きいようです。英語では同様の境が銅メダルと銀メダルの間にあります。

プロの道を歩む人たちの勉強法はこれまでと大きく異なります。図表にあるように、銅メダル時代の「通じればいい」と割り切った学習法とでは2つの点が大きく違います。

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第1に、プロの勉強の中心は「読む」「聞く」といったインプットです。銅メダルまでの勉強法が話すこと(アウトプット)を中心としたものであるのと対照的です。「読む」と「聞く」の2つを同時に進めてもいいのですが、優先順位はまず「読む」です(『多読で英語のプロになる』参照)。ビジネスパーソンには特に不可欠です。

第2として、英語に接する時間を長くしなくてはなりません。

大学は、卒業さえすれば、大卒の肩書が一生ついてきます。学んだことを全て忘れたとしても問題ありません。しかし、銀メダル英語は努力を怠ると銅メダルに逆戻りしてしまいます。自転車のように「一度乗れたら一生乗れる」という技能ではないのです。高度な機械ほどメンテナンスが必要であるように、英語力も銀メダル以上になればメンテナンス(日々の勉強)が必要です。

銀メダルになれば、英語学習に伴う精神的な苦しさはだいぶ減っています。しかし、プロは常に英語に磨きをかけなくてはなりません。精神的なつらさより、時間的な負担があるわけです。「通じればいい」レベルでは勉強の主戦場は細切れの時間でしたが、プロになった場合はこの時間では足りません。

どの程度の時間を英語に充てたらいいのでしょうか。1日24時間のうち7時間寝ているとすると、起きている時間は17時間になります。普通に暮らしていたら、この間、日本語で考え日本語脳を使っています。

プロ(金銀メダル)の方は英語脳を使う時間が全体の2割は必要でしょう。それでも8割の時間は日本語です。起きている時間の2割(3時間24分)程度を英語に浸かっていれば上達は速いです。これに対して、ゆっくり上達するのでもかまわないという方は1割(1時間42分)でいいかもしれません。

「3時間半も勉強できるわけないよ」と思わないでください。英語浸けの時間は勉強でなくてもかまいません。銀メダルになれば、社内で1番かそれに近い英語力ですから、そのころには国際部門に配属になったり、海外駐在になったりしています。仕事が、英語を軸に大きく変わっています。英語を使うことが日常茶飯事になっているはずです。

銀メダルになると、「一つのことができるようになった」という達成感を持つことができます。ぼくの場合、自分の本業である金融は「好きで選んだのですから、できるようになって当たり前だ」という意識がありました。これに対して、英語は嫌いなのに一人前になれたのです。「自分でもやればできる」という自信につながったのは本業よりも銀メダルの英語の方でした。

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次回はリスニングについてお話しします。銀メダルと金メダルの大きな差が聞き取りの力です。ご質問やご意見については可能な限り連載の中でお答えしていきます。コメントを拝読しますと、いつもお読みくださっているのが分かり、うれしいです。