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【設問】人類最大の発明はいったい何だろう?

私は○○以外に考えられないと思っている。

人間の生物的な寿命の限界は120~125歳と言われています。
そのうち生産に従事できる年代と言うのはせいぜい50年から60年といったところだろう。
幼児や老人は特殊な場合を除いて生産活動に従事する人の割合は少ないことが予想されるからだ。こうして考えてみると我々人類に与えられた時間というのは極めて少ないものだと改めて実感させられる。

今は子供たちだけでなく大人でも夢中な人が多いコンピューターゲームに、ロールプレイングゲームやシュミュレーションゲームというジャンルがある。こうしたゲームをやった経験のある人ならお分かり頂けると思う。もしゲームにセーブ機能がなかったら、おそらくエンディングにたどり着くのは不可能だろう。この手のゲームが楽しめるのはセーブ機能のおかげである。
なぜならこの手のゲームはエンディングまでにのべ数日を要するからだ。まさか何十時間もゲームを続けるわけにはいかないし、そうかといって食事や外出の時も電源を入れたままにしておくというのも困った話である。途中から前回までの内容を引き継いで始める事が出来るというのは素晴らしい事なのである。

○○はまさに人類にそのことを可能にしてくれたのだ。人が経験して身につけたことは本来はその人だけの財産であって、他人と共有することはできない。しかしながら、○○があるおかげで、私たちはそれを使って相手へ自分の経験や体験を伝える事ができ、それによって形のない財産の共有が可能になるのである。いやそれどころか一個人の人生を超えて経験や体験を伝える事さえできるようになった。言語によって次世代へもものを伝えれば、伝えた本人がこの世に存在しなくたった後もその知識は残るのである。
一個人の知識や知恵や体験を間接的にではあるが共有することが可能になったのである。
これはとてつもないことだと言わざるを得ない。空間的そして時間的な情報伝達の制約からのがれることができたのだから。

ある人がある部分の研究をある段階まで進めた後亡くなっても、次の人はまたはじめからやり直すことなく、その地点から研究を継承する事が出来る。毎世代毎世代同じ「研究」、同じ「発見」を繰り返す必要がなくなるのだ。世代や時代が進むごとに進歩があるのは至極当然の事のように受け止められているが、そうではないのだ。そこに○○がなければ不可能だったのである。

○○を手にした時、人類だけが時間を歴史に変えることに成功したのです。人類にとっての時間はまさに積み重ねる事ができるという点で歴史へと変貌を遂げたのである。